単独忍び猟の余談:獲物を選べる喜びっていうのを実感しました

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今日は単独忍び猟をしていて初めて感じた「獲物を選ぶ喜び」について書いてみようかと思います。

これまでは獲れるものを獲ろうとしていた

初めての猟期に入って、張り切って狩猟に取り組んでいます。最初の頃は、本当に「猟期中に1〜2頭獲れれば万々歳」と思っていました。

実際、家族にも「まぁ、初年度は獲れないと思うから」と話していたものです。

だからこそ、もう基本的なスタンスは「獲れるものを獲る」というものでした。オスでもメスでも大きくても小さくても、獲れるなら獲る。

わたしが唯一 “選ぶ” のは “当たるかどうか” です。半矢を避けたい気持ちが強いので、クリーンヒットできないときは撃っていません。だから動いている獲物を撃ったことはないし、遠くて際どい獲物も撃ってません。かなりの数のシカを見送っているのは事実です。

(余談ですが、コレは来期の課題だと思っています。動的と100mの遠射を練習し、動いている獲物や遠い獲物も自信を持って撃てるようになりたいと思っています。そのためのMSS-20だと思っていますからね)

 

じつは猟期2日目に出会った鹿のみ例外でした。これは鉄砲を持って始めて出会った棒立ちのシカ。興奮して、どうにか撃ちましたが、まったくのハズレ。

参考:単独猟日記2:初めての発砲は杉林のオスジカに

この1頭を外したとき「外すかもしれないときは撃たない」という気持ちが強くなりました。今でもあのシカのことを思い出します。「半矢にしなくて良かった」と深く思うンです。

これ以降は1度も外していないので、5発で5頭獲っています。

まぁ「今後も半矢をださない」なんてとても言えません。猟をする以上、必ず半矢を生みます。どんなに当たると思って撃っても、相手が動くかもしれませんし、鉄砲に問題があるかもしれません。横転弾になるかもしれません。そもそも自分の未熟さでやっちまうこともあるでしょうし、判断をミスることもあるはず。これまでうまくいっているのだって偶然かもしれません。

でも、意識として半矢にしない努力は続けたいですね。

 

ともかく、言い換えれば「当てられる獲物は撃ってきた」とも言えます。

ここまでシカとイノシシを計5頭を獲るに至り、自分の考えていた1〜2頭は優に超えました。

 

獲物を選ぶ

世の中にはいろんなハンターがいます。

大物を獲りたいハンター、デカジカの角が欲しいハンター、うまいメスが欲しいハンター、いろんな獲物を獲りたいハンター、数を取りたいハンター……。

どんなハンターにも優劣なんてありません。それぞれのスタイルです。

わたしはいろんなハンターを見てきて、獲物を選んで獲っている人に憧れる気持ちがあるようです。これは最近まで自分でも気付いていなかった感情でした。

たとえば有名なハンターYouTuberであるJPSikaHunterさんはでかい角が欲しいハンターですね。彼の猟動画を見ていると「メスなんで見送りましょう」「ピンコ(小さい角、1本角)だから撃たない」と呟く場面が多く出てきます。

また、Twitterで交流がある人の中には「シカは絶対獲らん、イノシシだけ」って人もいます。

アメリカのハンターYouTuberであるRandy Newbergさんもかなり獲物を選びます。オスジカの中でも、その一帯で1番でかいヤツを探して獲ります。なので、何日も泊まり込んで「その一帯で1番でかいのを探す」というところから猟が始まります。

一例ですが、こちらの動画なんかはオオツノヒツジを狩る動画ですが、アメリカの法律上、無制限に獲れるわけじゃありません。この人は1頭を獲る権利を持っています。そして、なんと21日間かけて1番でかい獲物を選び、最終的にその1頭を獲ります。もちろん、その過程で大量の獲物に出会いますが、見向きもしません。ドラマですね。

狩猟に関する小説を見ていても、特定の獲物を追うというシーンはよく出てきます。

なんかカッコいいなぁ、と漠然と思っていました。

 

先日の猟で、シカを見送って……

先日の猟でイノシシを探したくて、余裕で撃てるシカを3度も見送りました。

参考:単独猟日記17:初雪の中、イノシシを求めて山を歩く

見送る瞬間は、やっぱりまだまだ猟欲があって、「畜生!!!」という気持ちでした。自分で見送っておいて……です。

で、そんなチャンスを3度も見送り、最終的にイノシシを発見。結果、獲ることはできませんでしたが、帰り道はスゴく清々しい気持ちでした。

これまでの「ただ獲物が獲れなかった日」と、この日の「自分の狙った獲物以外を見送って獲れなかった日」とでは、まったく感覚が違ったんです

気持ちがいい、と言いますか、決して「獲れなかった日」ではなく、「獲らなかった日」なんですよね。う〜ん、この日の感覚をどうにかお伝えしたいのですが、難しいですね。

 

1つ言えるのは「自由」を感じました。

少なくとも単独猟は駆除ではなく、狩猟です。駆除であればガンガン獲ることが目標になりますが、狩猟は好きに獲る自由があります。

法律の範囲内で獲るのも自由、獲らないのも自由。

「ここで獲ったら回収が大変だから獲らない」ってこともできるし、「ここからなら回収が簡単だから2頭でも3頭でも獲っちゃおう!」というのも自由。

獲らなきゃいけないなんてプレッシャーは本来ないんです。それをするのは、自分の猟欲だけ。自分の猟欲だけが「ほら、獲れよ!獲れるだろ!」と煽ってくるんですよね。

最低限の肉を確保したおかげで、初めてその猟欲から少し解放された気がしました。

 

釣りでもこの境地に至ってからが楽しいってことを思い出しましたね。ある程度釣って余裕が出てくると「まぁ、小さいのばっかり釣ってもしょうがないから、もっと源流に行って、大物を!」という楽しみが出てきます。

 

本当に猟は楽しい

とりとめもない話になってしまった気がして申し訳ないのですが、とにかく猟が楽しいです。

初めて獲った獲物も、その後獲った4頭も、全部覚えています。

獲れなかった日のこともかなり覚えています。獲れそうで獲れなかったシカも覚えてる。初めて外したあのシカも覚えてる。あのシカが実は今でも自分が見た中で1番でかいオスジカです。

いろんな獲物にいろんな喜びがありますよね。

わたしはミートイーターでして、肉を取るために猟をやっているというのが、一応わたしの考えです。それなら小さめのメスジカが1番うまいのかなって思います(シカの中では)。

でも、でかいオスジカを見ると興奮します。やっぱりそういう猟欲があるんです。釣りでもでかいのが釣れると嬉しい。猟でもそういう気持ちがあります。

 

べつに普段は見かけた獲物を獲るんでもいいと思っています。来期だって、まずは数を獲って肉を確保することから始まると思います。なにしろ1年分の肉が欲しいので……。それに、それはそれで超楽しいから。

で、ある程度の肉を確保したら、そのとき興味があるテーマに沿って、特定の獲物を追うのもまた楽しい。

「よし、でかいシカだけ獲ろう!」とか、「イノシシだ!」とか、「ツキノワグマを!」とか、、、

先日は、そういう猟の楽しみ方を知った1日でした。

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