秋田の旅:鍛冶屋さんでのナガサ購入日記
ナガサという刃物をご存じでしょうか? 秋田のマタギが山に持って行く剣鉈です。
前からずっとこのナガサが欲しくて、すぐにでも買いたかったのですが、ぜひ作っている鍛冶職人さんから直接買いたいと思っていました。
というわけで、今回の秋田行きで鍛冶屋さんに行って、購入してきましたよ。
ナガサとは?
ナガサというのは、マタギが山に行くときに必ず腰から下げていたという剣鉈です。
ヤブを払うときや焚火を熾すときの薪の用意などはもちろん、撃ち損じたクマが襲ってきたときの最後の武器にもなる、とても重要な道具です。
大きく分けて、袋ナガサと呼ばれるタイプと柄付ナガサと呼ばれる(木の柄が付いた)タイプがあります。
袋ナガサは名前の通りハンドルが袋状になっており、そこに棒をさして固定すれば槍として使えるというメリットがあります。また好みによりますが、袋ナガサのほうが重量のバランスがいいと言う人もいます。
一方柄付ナガサはハンドルが木なので冬でも冷たくならず、握りがいいと感じる人もいるでしょう。
まぁ、どちらが優れているとかではなく、好きな方を選べばいいと思います。
叉鬼山刀というナガサ
こういったナガサは今でも秋田の、阿仁・森吉エリアで作られています。しかしその商標の関係で混乱を生んでいるような気がします。
少し長いのですが、こちらの説明が分かりやすいです。
叉鬼山刀の唯一の製作者・西根稔さんは平成13年7月12日に永眠なさいました。心からご冥福をお祈り申し上げます。
なお、故西根 稔さん(三代目西根正剛)が鍛造された「叉鬼山刀」は、在庫しておりません。
現在販売している叉鬼山刀は、鍛造師・西根 登(四代目西根正剛)の作品です。
ただし、西根稔(三代目西根正剛)さんの弟弟子である西根登氏(四代目西根正剛)が鍛造する「叉鬼山刀」を、
西根打刃物製作所(代表 西根誠子)を通して販売することになりました。
弊社でも生前に大変お世話になりました西根稔さんのご恩に報いるためにも、
また、西根稔さんが心血そそいで作り続けてきた「叉鬼山刀」の伝統と匠の業を絶やさないためにも、
弊社では「叉鬼山刀」の販売を再開することに致します。
なお、「叉鬼山刀」「袋ナガサ」は故西根稔さんの登録商標です。
現在は故人の奥様である西根誠子夫人が管理しております。
叉鬼山刀 (Matagi Nagasa) のご紹介
つまり、西根稔さんが亡くなったあと、その仕事を引き継ぐ形で西根登さんが叉鬼山刀・袋ナガサを作り、西根打刃物製作所に卸しているというわけです。
ここまでは分かりやすいのですが、実は西根登さんご自身も独立した鍛冶職人であり、ナガサを作られています。そしてこちらは(商標がないので)叉鬼山刀とは呼ばず、“ナガサ” として販売されています。
まとめると、この地域にはいま、西根打刃物製作所と西根鍛冶店という2つの鍛冶屋さんがあり、その両方でナガサが売られています。西根打刃物製作所で売られている物は叉鬼山刀・袋ナガサと呼ばれ、西根登さんが営む西根鍛冶店ではナガサと呼ばれており、その両方を西根登さんが作っている、というわけです。
伝わるでしょうか? もし表現などで間違えがあればご指摘ください。
わたしが今回伺ったのは西根登さんが営む西根鍛冶店です。
西根鍛冶店
秋田を案内してくれていた @oriyamake さんが西根鍛冶店さんともお知り合いということで、ご紹介していただき、おじゃますることができました。
おかげさまでゆっくり時間を過ごすことができて、本当にありがたい限りです。
さて、西根鍛冶店さんは阿仁前田駅(なんと駅の中に温泉がある)の前にあります。そして刃物を販売している西根鍛冶店の向かいには工場があります。
西根鍛冶店に入るとズラッとナガサがお出迎え。
見てもらえば分かりますが、決して「ナガサ専門店」ではありません。和包丁なども作り販売されています。
とはいえ、やっぱり目が行くのは手前にずらりと並ぶナガサですね。お話を伺ったところ、こちらで販売しているのは柄付ナガサだけ。袋ナガサは西根打刃物製作所でしか売っていないということでした。
わたしはここに来るまで、「たぶん木の柄ナガサを買うんだろうな」と考えつつも少しだけ迷っていました。しかしこの時点で柄付ナガサにすんなり決定。
問題はどの大きさを買うか、です。
上の写真で見えるナガサは左から4.5寸・4.5寸・5寸・7寸・7寸・8寸・9寸(鞘に入っている右端のもの)。1つ歯抜けになっていて、写真に映っていないのが6寸です。
西根さんは 「1番人気は圧倒的に7寸。山菜採りの人なんかで4.5寸あたりを使う人もいるね」と言います。
前から心の中では「6寸かなァ」と思っていたので、7寸や5寸と握り比べてみます。ちなみにネットで見ると5寸って紹介されてないんですよね。来てみるものです。
「ゆっくり比べてみるといいよ」
と言ってくれたのですが、自分の性格を知っているので、ちょっと比べて即答「6寸で!」。
「お、決めたねェ。悩む人だとずーっと悩むんですよ」
「悩む気持ちも分かりますけど、直感が重要だと思うので……」
その場で鞘合わせをして、包んでくれます。6寸を選んだのは直感としか言いようがないのですが、あえて理由を挙げるなら——
- 狩猟で使うとはいえ、クマと戦うわけではないので7寸はちょっと大きすぎるかな?
- でもナタとして使える大きさは欲しいので5寸は心許ない。
- 罠猟もやる予定なので、止め刺しに使える大きさが欲しく、やっぱり5寸じゃ心許ない気がする
っていう考えを経て6寸に決めました。でも結局は直感です。スッと手に収まったってのが最大の理由。
このあともいろいろお話させていただき、鍛冶屋としての苦労話なんかも聞かせていただきました。何度か「うちはただの田舎の鍛冶屋だから」と仰っていたのが印象的です。
ここじゃ書けないようなこともお話してくださって、とっても気さくな方です。笑
さて、ナガサ。
先ほど書いたように、わたしが選んだのは6寸。刃渡りは18cm程度。
みなさんご存じ(?)のモーラと比べてみましょうか。1寸は3cm程度。モーラの刃長が104mmですので、3.4寸程度という感じでしょうか。4.5寸のナガサだと、本当にモーラを1段階大きくした感じになるんでしょうね。
ご覧の通り、刃表には「森吉」と銘が入っています。叉鬼山刀を買うと、ここが「叉鬼山刀」になっています。
で、刃裏には西根登さんの名前。
全体のバランスはというと、こんな感じ。
これが個人的には気持ちいいんです。というのも、ご覧の通り、ハンドルが結構長く、前を持つか、後ろを持つかでまったく性格が変わります。
1番後ろを持つと、まさにフロントヘビーなナタ。叩くような動作が楽にできます。一方で前を持つと、ニュートラルバランスに近くなります。さらに少し刃を握り混むように持つと、まさに手の中にバランスポイントが入ってきて、刃先で何か作業をするのに都合が良さそうです。
まぁ、このあたりは実践で試していかないとわかりませんが。
言うまでもなく、ナタとして使うのであれば7寸あたりのほうがより向いていると言えますし、刃先で細かい作業をするのであればずっと小さい4.5寸がいいでしょう(もっと小さくてもいいとさえ思います)。
というわけで、6寸を中途半端と捉える人もいるかもしれませんが、わたしには丁度いいです。
追記(2020年8月4日)
実際にここで購入した6寸のナガサを今でも使っています。2019年12月に発売した自著『山のクジラを獲りたくて』でも写真付きで紹介しています。
鍛冶工場
翌日、工場も覗かせていただきました。
「おじゃまでなければ、覗いていってもいいでしょうか?」と訊ねると、どうぞどうぞと入れてくれました。
ナガサは1日に5本くらいしか作らないそうです。わたしが見たときはちょうどナガサを作っており、ラッキーだったと思っています。
下の写真は刃先になる鋼を接着しているところ(鍛冶の用語がわからないので、表現が怪しいのはご勘弁を)。
こちらは袋ナガサのハンドル部分を広げているところ。
そして、この行程をすべて終えると、こんな感じで袋ナガサの形が見えてきます。
驚くべき手際の良さで進んでいきます。こうして作業をしながらも、わたしに声をかけてくれて、たのしい雑談をさせていただきました。
あまり長く居座っては邪魔になると思い、頃合いを見て退出。自分の持つナガサがこういう場所で生まれたのだと知るだけでも愛着は2倍3倍に増していきます。
## 阿仁・森吉エリアに来たらぜひ行ってみてください
この地域を訊ねることがあれば、ぜひ西根鍛冶店に行ってみてください。
ナガサを買わなくても、包丁やその他のステキな刃物が売られています。それも思いのほか、お値打ちな価格で。
じつはわたしも妻へのお土産に、と包丁を1本買いました。とてもステキなお土産になったとわたしは思っています。
また、この地域のマタギの方に伺ったところ、今でもみなさんナガサを持って山に入るとのこと。決して「過去のマタギが持っていた道具」ではなく、現在進行形で使われている道具であるということも強調しておきたいところです。
ちなみに叉鬼山刀・木の柄ナガサはAmazonからも購入可能です(サイズにご注意ください)。
さらに西根鍛冶店で作られているナガサ(わたしが購入したもの)は下記のリンク先から買えるようです。
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