書評『邂逅の森』 明治のマタギが見えてくる小説
猟師やマタギについての本を色々読んでいますが、今回ご紹介するのは熊谷達也氏の小説です。
小説といえども、資料としてバカにできないものでして、むしろ小説だからこそ、マタギに関する情報だけではなく、風土・文化・風俗などが積み重なり、当時の情景が浮かび上がるという面があります。
『邂逅の森』
物語は大正3年から始まります。主人公は25歳、父がマタギで、自分もマタギになり、下っ端ながらも周りに認められつつある、富治という男です。
この富治が生きる時代をマタギの視点から見ると、凄く興味深いのです。
神への疑い
たとえば「神や霊的なものへの疑い」を持ち始める文明的な時代です。
たとえば物語の中で、マタギである父がミナグロと呼ばれるツキノワグマを撃ってしまいます。ミナグロはツキノワグマにあるべき、胸元の白い模様のない熊です。マタギの世界で、ミナグロは神の使いとして崇められており、そのミナグロを撃ってしまったらマタギをやめなくてはならないと言われています。
――ミナグロば撃ってしまった。すたがら俺は、今日限りでマタギばやめることにする。あどはおめ達二人に任せるすけ、よろすぐ頼んだぞ。
盲目的にミナグロが神の使いであることを信じている父はきっぱりと「マタギをやめる」と誓います。一方、子どもである富治は
五十になったばかりで、少なくともあと十年はマタギ仕事を続けられる親父である。ミナグロを撃ったという話にはさすがにうろたえたが、黙っていれば誰にも分からないはずだと、なんとかして思いとどまらせようとした。
という具合に、決して「神の使い」であることを信じ切っているのではなく、文化として「ミナグロを撃ったら、マタギをやめる」というルールがある、という程度の理解なのです。
いや、「さすがにうろたえた」とあるので、漠然と神の存在を受け入れつつも、文明開化の流れで、非科学的なものへの疑いを持ちつつあるといった方がいいかもしれません。
この「神の受け止め方」は物語の後半に行くに従い、少しずつ変わっていきます。その様子が、おもしろい! そして終盤で、富治が神と対峙する場面。ああ、ネタバレになるので言えません。思い出してもソワソワして、心拍数が上がります。
鉱山の時代
この時代、山を生業にするのはマタギだけではありません。
鉱山の台頭です。
エネルギー資源の転換期であり、鉱山というものがグッと盛り上がりを見せた時代です。
富治は地元のマタギをやめさせられ、3年ほど鉱山で働きます。このあたりはあくまでサブプロットですが、それでも鉱山文化を垣間見られて興味深いですね。
毛皮相場の高騰
戦争が起こり、兵隊が毛皮を使うということで、毛皮の値段が高騰していきます。
それに伴い、「マタギは金になる」という評判が町にも広がり、猟師が増えるのです。
すると山の中には「昔ながらの伝統を守り、神を崇めながら猟をするマタギ」と、「金になるという理由だけで山に入ってきて、猟場を荒らすにわか猟師」が混ざります。
すると獣が減り、猟場が荒らされ、もめ事が増える。マタギは自分がマタギであることを誇りに思い、にわか猟師を馬鹿にする。
この辺のやりとりも非常におもしろいものです。
時代の転換期をマタギという視点で描いている
と、まぁ、ここまで挙げたようないろんな時代の転換を迎え、その中でマタギがどうやって生きていくかが、この本の中で描かれています。
グダグダ書きましたが、はっきり言います。
この小説、まじでおもしろいです。悔しいくらいおもしろいです。文庫で500ページ強あるのですが、止まらないですよ。
で、調べてみたら、この『邂逅の森』からマタギ三部作として『相剋の森』『氷結の森』と続くのです。さっそく2冊を注文してしまいました。
《追記》
第2作『相剋の森』を読みましたので、そちらの紹介もどうぞ。
→ 書評『相剋の森』 現代の狩猟議論を小説で語る
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矢口高雄氏の「マタギ列伝」の中にもミナグロを撃ってしまった話が有りましたね。撃ったマタギの腕を惜しんだシカリ曰く「熊の体をまんべんなく探せば白い毛の二、三本はある筈。だからこいつはミナグロじゃねェ!」
え、ええッ~!(;´д`)(笑)
他にも当方が読んだマタギ本には戸川幸夫氏の「山岳巨人伝」がありますが…マタギの風習や伝統そっちのけで西郷さんや竜馬が出てきちゃう本でした。(笑)
yamakujiさんお薦めの熊谷達也氏のマタギ本、次回図書館に行った時に是非読ませて頂きたいと思います。(^_^)
マタギ列伝は気になっていたので、そのうち読もうかと思っていました。「白い毛二、三本……」っていうくだり、なんだか生々しくて、人間らしくて、ちょっとおもしろいですね。そういう人間くさい小説って好きです。きっと探して読んでみます。