書評『相剋の森』 現代の狩猟議論を小説で語る

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先日読んだ熊谷達也氏による『邂逅の森』の続編、『相剋の森』を読んでみました。『邂逅の森』とはまったく違う視点で語る猟師の物語です。

前作からの大きな違いは、『邂逅の森』が明治に生きるマタギの物語であるのに対し、『相剋の森』は現代の物語であることでしょう。

概要

この作品には主人公が2人います。メインの主人公は美佐子という女性。フリーライターとなり、「現代のマタギ・猟師」について本を書こうと奮闘します。美佐子は典型的な都会の女性で、決して猟師の味方ではありません。

一方、もうひとりの主人公は滝沢という男。彼は中堅の猟師。

物語の冒頭、美佐子は滝沢を含めた猟師達に

「今の時代、どうして熊を食べる必要性があるのでしょうか」
「マタギのみなさんは、クマは獲るものではなく授かるものだという言い方をされますが、結局は人間の欲望やエゴをカムフラージュしているに過ぎないのではないでしょうか。〜〜」

と意見をぶつけます。滝沢含めた猟師達は冷ややかに美佐子を見て、距離を置く。ここから物語が始まります。

細かいストーリーは読んで頂くとして、大きな流れとしては、双方の歩み寄りの物語です。美佐子は猟師のことを理解し、滝沢は美佐子を含めた都会の人の意見を理解しようとする。

また、この作品は学術書ではないですので、読んでも「現代の猟師はこうあるべき」という答えを提示するものではなく、むしろ読者にゆだねるものです。

かっこいいだけじゃない猟師

前作の『邂逅の森』では明治のマタギということで、猟師がカッコいいものとして描かれていました。周りからの理解もあったし、「動物を殺すなんて——」という議論も起きません。

一方『相剋の森』は自然保護という観点が主題に盛り込まれ、猟師を「熊を殺す人」として、冷ややかに見る人が何人も現れます。

当然といえば当然ですが、著者である熊谷達也氏は(恐らく)猟師というものに反対する立場の人ではないわけで、作品全体のトーンも猟師側に傾いていると言っていいと思います。猟師という人たちに、自然保護主義をぶつけて、猟師達がどう立ち居振る舞うか? それを描いた作品だと言えるでしょう。

そして、ひとつ大きな問題提起をしていると、わたしは感じました。

今まで、猟師は黙って猟をしていれば良かったのです。しかし現代において、猟という行為は、いろんな人の感情を逆撫でする行為なのは間違いありません。

「そんなの都会の人の感情論だから——」

と、無視したくなるのですが、それを続けてしまうと、その感情論の波に押されて、猟師の立場がどんどん悪くなるような気がするのです。

昔以上に、猟という行為の意義を訴え続ける努力と、世間の人たちに理解してもらう努力が必要なのかもしれない。

この作品を読んで、そんなことを考えました。

興奮は前作の方が上!

作品を読んだときの興奮は前作『邂逅の森』が格段に上です。それはまちがいない。とくに猟が好きな人、猟師が好きな人にとって『邂逅の森』は終始ワクワクする作品でした。

一方で2作目の『相剋の森』はちょっとトーンダウンし、猟における興奮が薄らいでいます。たぶんですが、著者なりの配慮だろうと思います。

それでも、わたしは最後まで一気に読みました。そして3作目を読むモチベーションも消えません。いい作品だったと思っていますよ。

さて、3作目を読みましょうかね。

1作目のレビューはこちらに書きましたので、そちらもどうぞ!
書評『邂逅の森』 明治のマタギが見えてくる小説

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