単独猟日記:ヒグマのUターンに怖じ気づく
探し求めていたヒグマの痕跡をやっとみつけることができた。
だけど……。
根雪になってきた
降って積もっては溶けて、また降っては溶けて、と繰り返していた雪も、どうやら根雪になったようだ。深くはないけど、絶えず山が雪に染まる季節になった。
この日もシカよりもヒグマの痕跡を探すことを優先して歩く。当てのない散歩になった。
1日歩いて痕跡の1つも見つからないことにも慣れていたので、あまり気負わず、歩き始めた。2時間ほど歩くころ、ヒグマの足跡が見つかった
上の写真をよく見てもらうと足跡が2方向に着いているのが分かると思う。1つはこちらに向かっている足跡、もう1つは離れていく方向の足跡。それもかなり新しい。
恐らく、ヒグマがぼくのいる方向に向かって歩き、ぼくの気配を察してUターンして去っていったのだろうと思う。
というのも、動物はわけもなくUターンはしないものだから(たぶんね)。
さて、いっぱしの熊撃ちならば、これを追跡していこうとなるのだけど、それがそうも簡単じゃない。足跡を追うその先はこんな様子だったりする。
左右に入り乱れる藪。そのどこにヒグマが潜んでいるか分からない。
心配しすぎなのかもしれないけれど、下手なミスと不運が重なれば命に関わるわけで、どうしても最悪の事態を考えてしまう。勇気を出してちょっとだけ足跡を辿ってみたけど、直感が「やめておきな」と騒ぐので、トラッキングをやめた。
この瞬間の心境は振り返っても「悔しい」としか言いようがない。
仮にも鉄砲撃ちとして山に来て、背中に鉄砲を背負っていてもなお怖いのだから……。しかもヒグマの存在はいま気が付いたものではない。むしろそれを追いかけてきているのだ。なのにいざその足跡を目前にして、その向かう先に足が出なかった。双眼鏡で足跡を辿っていって、それが見えなくなった当たりで、ぽかんと双眼鏡を覗き込んだまま立ちすくんでいた。
しばらく立ち呆けたあと、ぼくもUターンをして来た道を戻った。
少し戻ってまた悩んだ
戻る。追わないぞ。
と決めたつもりでいても、ぼくは諦めきれなかった。せっかく見つけた新しい足跡。あの先には必ずヒグマがいる。
すぐに獲れるとは思っていないけど、その姿を見ることができたらどれだけ嬉しいだろう。いや姿さえ見えずとも、逃げていく藪の音を聞くことができたらそれだけでもたまらなく嬉しい。
いや、それさえなくても、足跡を辿りながらヒグマの動きを想像し、向かう場所を確認することができたなら、それは必ず将来に活かされるだろう。
戻る足も止まって、仕方なく、近くの広場に出て休むことにした。
戻る覚悟も決まらず、進む勇気もなく、早めの昼食となった。
こうして焚火で炊飯するとだいたい40分ちょっとの休憩時間になることが多い。が、この日はダラダラコーヒーを飲んで1時間ほど時間を潰した。
そして改めて決意する。
「よし、追ってみよう」
1時間経ったから、ヒグマもそこそこ進んでいるだろうし、すぐそのあたりで潜んでいることもないだろう。長く追うことができずとも100mでも200mでもいいから、「ヒグマの足跡をトラッキングした」という経験を積んでおきたかった。
ヒグマのUターン地点から
またヒグマの足跡の場所に戻る。そしてその足跡を見ながらじわりじわりと歩くことにした。
数歩歩いては止まり、音を聞く。万が一にでもヒグマが近くに潜んでいたときに、なんとしてもこちらが先に察したい(実際には匂いと音でバレバレなんだろうけど)。
少し進んでは双眼鏡を抱えて遠くまで確認する。そんなことをし始めてから100mほど歩いただろうか。ちょっとした笹藪に遮られてその向こうが見えない場所にあたった。もちろん足跡はそこを潜って、向こう側へと向かっている。
幸い、藪は薄いので、向こう側が透けて見えている。よく観察して、すぐそこにヒグマがいないことを確認して、その藪を抜けようとした。そのとき、その藪の向こうの遠くで何かが動く気配がした。
こうして写真になってしまえば、なんてことはないシカの存在だが、ヒグマがいるかもしれないという緊張感の中で “何かが動く” という気配は心臓が絞られるくらいに驚いたものだ。
子ジカを含む3頭のシカがこちらに向かって歩いていた。へたり込みつつ、しばらくその様子を観察し、写真に撮り、この日は帰ることにした。
なんだか完全に力が抜けた。
このシカも獲る気もなかった。ぼくが立ち上がると、数秒の静寂のあと、3頭とも藪に入って、ガサガサと遠ざかっていった。
ヒグマ追い
たまに「ヒグマ猟の調子はどうですか?」と聞かれることがある。身近な人に「今期からヒグマを探してみようと思ってて」と話していたからだ。
でも、間違っても「ヒグマ猟」という言葉は使えなかった。
「今年からヒグマ猟に力を入れます」
とは言えなかった。ぼくがやっているのはヒグマ猟のはるか手前のヒグマリサーチの段階。せいぜい「ヒグマ追い」だと思っている。
だから「ヒグマ猟の調子はどうですか?」と訊かれると「ヒグマ猟ってわけじゃないんですけどモニョモニョモニョ」と口ごもってしまう。
それくらい道のりが長い感覚を持っている。
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