幡野広志さんの狩猟がテーマの写真展に行ってきました

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幡野広志さんをご存じだろうか?

Twitterあたりを活用しているハンターであれば、少なからず名前を拝見する機会はあるだろうと思う。いや、“名前を見ない日はない” と言ってもいいくらい、頻繁に見る。

幡野広志さんは写真家。それも狩猟系の写真を多く撮影しているらしい。ご自身もつい最近まで狩猟をやっていたが、最近鉄砲を返納したとのことだ。

そんな幡野広志さんが東京で写真展を開催するとのことなので、いくつか用事を作って、東京に出てみた。

幡野広志さんのこと

幡野広志さんの自己紹介はシンプルだ。

写真家、狩猟家、現在末期ガンで余命3年。

幡野広志|note

わたしなりに思う幡野広志さんらしさを表す文章がある。少し長いけど、引用させて頂きたい。

もう狩猟は辞める、鉄砲も所持する理由はない。
辞めるから言ってしまうけど僕は狩猟者が嫌いだ。

正確には鉄砲を所持することや狩猟が人生の全てのようにアイデンティティーにしている人が苦手だ。

死んだ動物の生殖器を切り取ってあそぶ狩猟者、若手や新参者や女性にハラスメントをする狩猟者、
マスメディアやSNSで他の狩猟者のミスを見つけては喜び、炎上させて陥れようとする狩猟者。
それらには必ず下品な笑顔がセットだ。

個性的というまろやかな言葉でも表現できるけど、自我が強く他者を認められない人が多い。
共通して言えるのは出る杭を一生懸命叩くことだ、狩猟以外に何も持っていないから自信がないのだ。

猟師の敵は警察でも動物愛護団体でも銃声に驚いて通報しちゃう住民でもない。

猟師の敵は猟師だ。

引用元:最後の狩猟。

そして続けてこう書いてある “狩猟をやっているのではなくて狩猟に試されていると言った方が正しいと思う” と。この言葉は、たぶん忘れないと思う。次の猟期も、きっとこのことを考えながら猟に取り組むんじゃないかな。

真面目な方だ。自分がやっている行為、撮影しているもの、そういうものについてよく考えている。

 

わたしはまだたった1猟期しか猟を経験していない。それでもつまらないハンター、攻撃的なハンター、モラルのないハンターに出会った。と同時に「すごいぞ」と思えるハンターにも出会えた。

また、狩猟を始めて、自分の中の「嫌な部分」にも直面した。わたしは聖人君子じゃない。自分が理想とする “自分像” と、現実の “自分” の間にまだまだ乖離があって、その溝の間には強い風が吹いている。

狩猟を通じて、そういうことに目を向ける機会が増えた。狩猟に試されている。なるほど。

 

写真展に行ってみたかった

幡野広志さんの写真との出会いは(自分が認識している範囲では)服部文祥さんの『獲物山』だったかな。

この中に出てくる服部文祥さんの奥様の写真が印象的だった。その写真が幡野広志さんの作品だった。

幡野広志さんはTwitterやブログでも写真をたくさんアップしている。日常的なご家族の写真も狩猟の写真も……。だから彼の写真を見るだけなら、ブログを通して見ることも、雑誌を通してみることもできる。

だけど写真展には行ってみたかった。

狩猟というテーマで写真を集めて、展示する。わたしも写真を撮るのが好きで、遊び程度に撮った経験から思うことが1つある。それは「写真を撮る行為とは別に、撮った中から選ぶ行為にもかなりの意図が入る」ということ。

幡野広志さんが「狩猟写真」というテーマで30枚の写真を選ぶ。恐らく何千枚もあるだろう中から選ぶわけだから、意図が入らないわけがない。

 

いざ、写真展。

写真展はソファや椅子がこじんまりと並ぶ1つの部屋に完結されている。

右側の壁にはグループ猟の写真、左側の壁には単独猟の写真。上の写真は単独猟中の服部文祥さんの写真だ。

(この写真展の写真は撮影&ネットへのアップが許されています→写真展のお知らせと“自業自得”

 

わたし自身、単独猟をやることもあって、左側の写真に特に興味が湧いたが、右側の写真も良かった。どれも生々しく、人によっては目を逸らしたくなるかもしれない。

作品全体を通して、わたしが抱いた感想は「狩猟の喜び」だ。

 

狩猟は動物を殺す行為だ。動物を殺すのだから、厳粛な気持ちでいなければならない。そういう風潮がある。

しかし狩猟をやってみれば、そこに大きな喜びがあることがわかる。山を歩き、動物の痕跡を読み、獲物を探す。苦労して獲物を見つけ、練習してきた鉄砲で撃つ。キレイに獲れれば「よし!」と拳を握りしめるような喜びがわき上がってくる。獲れなければ悔しい。夢にまで見るほど悔しい。

 

その喜びを表現するのって、難しい。でも誰だってそういう気持ちを表現したい気持ちがある。「やったよ!獲ったよ!」と記録を残したくなる。

ハンターは写真家じゃないから、器用にそれを表現する写真を撮れない。だから獲物と並んでニコニコ写真を撮る。

「死んだ獲物の横で笑っているなんて不謹慎だ」

と槍が飛んでくる。まるで獲物を獲った喜びを否定されるかのようだ。

だいたいハンターだって、ニコニコ写真を撮るために獲物を獲るわけじゃない。そのとき込み上げてくる喜びを表現する術を持ってないから、そういう写真になるんじゃないかな……。

 

わたしが獲物を獲るとき、いつも1人だし、獲ったら急いで処理したい気持ちもあって、のんびりニコニコ写真を撮ることはない。

だいたい、自分が感じた種類の “喜び” はニコニコ写真じゃ伝わらない気がして、少なくとも写真という表現方法でそれを伝えることは諦めている。文章を書くことの方が好きだから、そちらに託して、こうしてブログを書く。

 

幡野広志さんの写真を見たとき、このハンターが感じる “喜び” がすごく上手に表現されているように感じた。

「獲ったよ! やったよ!」という喜びの感情。でもそこに入り交じる静かな葛藤。ようやく獲れたという安堵。

そういう複雑な感情を自然と感じることができる。

 

上に挙げた写真では、服部文祥さんが吊したシカを解体している。

馬鹿みたいに殺戮を楽しんでいると感じる人はいないと思う。もっと静かな達成感・安堵・喜びを感じるンじゃないかな。

 

ちなみに展示されている写真は1枚1枚で完結されているのではなく、一定のストーリーの元で並べられている。

上の服部文祥さんの写真も、その一部だ。獲物を追い、撃ち、解体し……という流れが自然と目に入るようになっている。だから、ぜひ自分の目で見にいって欲しい。

 

“写真展”という場

写真そのものもおもしろい。

だけど、あの場所そのものもおもしろかった。

「狩猟の写真展」

そういう “場” だから、当然そこに集まるのは狩猟をやっている人、狩猟に興味がある人ばかり。わたしは1.5時間ほど滞在したが、みんな強い前向きな関心を持って見ているようだった。

わたしを含め数人で狩猟談義をしていたからか、写真を見ていた人から「これは罠ですか?」「罠で獲ったら、どうやって殺すんですか?」「このシカの死体はどうするんですか?」と質問を受けることがあった。

わたしもただの客として来ているので、答える立場にはないのだが、興味を持ってくれている人に答えてあげたいという気持ちが勝って、「一般論として……」と答えた。

答えながら「ああ、こうやって同じ写真を前にして、いろんな立場の人が交流できるのってすごいことなんじゃないか?」と思った。

 

わたしは読者家なので、本をたくさん読む。

読書は個人的な活動だ。作家と読者の間のマンツーマンのコミュニケーション。さらに言えば、自分と自分の内面的なコミュニケーションである。

写真もそういうものだと思っていたけど、こうして写真展という場所に来てみると、1枚の写真を介して、閲覧者同士が交流することができることを知った。

写真展という場に足を運ぶことも大切なことなんだナァ。

 

まだ間に合いますよ

この写真展は2018年4月29日まで。

詳細はこちら→ 写真展のお知らせと“自業自得”

Ego – Art & Entertainment Gallery
幡野広志 写真展「いただきます、ごちそうさま。」
東京都中央区日本橋本町4-7-5
JR神田駅から徒歩5分ほどの場所です。
火曜 水曜 10:00〜17:00
木曜 金曜 13:00〜20:00
土曜 日曜 12:00〜17:00
月曜 休館

お仕事の合間に、東京遊びのついでに、ぜひ足を運んでみてください。

お酒も飲めます。たとえば木曜・金曜であれば、20時までやってますので、仕事の後にちょっと寄って、1杯飲みながら写真を見るのもありですよ!

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