書評『老人と狩りをしない猟犬物語』狩猟禁止論者による狩猟小説

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猟期が終わったので、積ん読になっている狩猟系の本を順繰り読んでいます。

今日ご紹介するのは西村寿光氏の『老人と狩りをしない猟犬物語』。これがまた深い小説でおもしろかったんでご紹介です。

最後の作家紹介で深掘りしていきますが、その作家、元々はハンターでしたが、この作品を書いている時期に “狩猟禁止論者” に転向したという経歴を持ちます。それを踏まえて読んでみたい作品ですね。

## 『老人と狩りをしない猟犬物語』

まずはあらすじをご紹介しましょう。

舞台は南アルプス。主人公である老猟師が町から離れた山奥に住んでいた。山には巨大な犬鷲、獰猛な巨熊、長い牙を持つ牙猪という3頭の王者が生息しており、この3頭を狩ることが老猟師の生きがいだった。その中でも巨熊は嫁や孫を襲ったこともあり、宿敵だった。そしてある日、老猟師の家族同然だった猟犬“隼”が、この巨熊に襲われてしまう。

意気消沈していた老猟師は山の中で子犬を拾う。二代目“隼”と名づけ、3頭の王者との対決に向けて動き始める。

しかし、犬は一向に狩りをしようとしない。狩りをしないのでは、猟犬としては駄犬だ。そんな二代目“隼”と老猟師の交流と、3頭の王者たちとの対決の物語。

——とまぁ、こんなところでしょうか。

内容云々に入る前に、わたしとしてはこの小説のタイトルにグッときたんですね〜。小説のタイトルって重要だと思うんですよ。ずいぶん沢山の小説を読んできましたが、本当にタイトルがすばらしいと思う作品って多くはないですね。

全部思い出せるわけじゃないですが、パッと思い出せるカッコいいタイトルといえば『蒼ざめた馬を見よ(五木寛之)』とか『老人と海(ヘミングウェイ)』とかね。あとは『芽むしり仔撃ち(大江健三郎)』も語呂が良いのに、さらっと悲壮感があってすごいタイトルです。

そんな中でも『老人と狩りをしない猟犬物語』は結構印象に残るタイトルでした。好きです。

文体はやや重め

今流行っている小説の多くは軽いタッチの文章が多く、読みやすいという意味では文句はないのですが、この作品はどちらかといえば重い文体です。華美な文章であるとも言えるかな。

書かれた時期が昭和40年代らしいので、少しばかり文章が古いと感じる人もいるかもしれません。

そういうこともあり、さくさくとページをめくりたい方には少しペースが遅いと感じられるかもしれませんが、じっくり腰をすえて読みたい人にはちょうどいいと思います。時間をかけて読みたい1冊です。

繊細な人間の機微を描く

結構悲しい話です。喜びもありますが、落胆の方が多いかもしれません。

単純に “猟犬とがんばって猟をする” という話ばかりではなく、むしろ老猟師とその周囲の苦悩を描いていると言った方が近いでしょう。山の王者たちとの激しい立ち回りや、迫力溢れる猟シーンもあるにはありますが、むしろもっと人間の細部を描くことに多くのページが割かれています。

ちょっと長いですが、1つ例を挙げましょう。些細な例です。しかし、脇役である老猟師の妻の健気さが一気に伝わる場面です。

老人は最初、老妻が田畑の周辺を花で飾り始めたのをみて、ムダな労力を費やすものだと思った。それは、花はあるに越したことはないが、何も田畑まで飾る必要はないのだ。ところが、老妻は植えた花が咲き乱れる頃になると、しきりに村の友人を家に招くようになって、老人は悟った。奥山に離れすぎた殺風景な我が家に、老妻は引け目を感じて友人をお茶に招くに招けなかったのである。

この場面ひとつで、鈍い老猟師と、健気に寄り添いつつも、自分なりに住みよいものにしようとする老妻の心内を一気に描く、鮮やかな場面だと感じました。また、すでに老いた後の話です。これまでずっと、友人も呼べない人生を我慢してきたことを思うと、なんだか悲しくなります。「不器用な老猟師」と言えば、格好良く聞こえますが、その後ろを支える妻を見ると、うら悲しい思いになります。

作家 “西村寿光氏” のこと

小説ってのは作家のことを知ると、より理解しやすいことがあります。

この作品を描いた西村寿光氏はもともと猟師です。専業かどうかは分かりませんが、かなりどっぷりやりこんでいたようです(参考:西村寿光|Wikipedia)。しかしその後、180度考えを変え、今では狩猟反対派で、菜食主義とのことです。

狩猟をやめたと言うことではなく、真逆の反対派にまで転じたというのは、この作品を考える上で無視できない事件です。

ちなみにこの作品の発行は昭和58年。しかし作品が書かれたのは、この本のまえがき曰く「十四、五年ほど前ではあるまいかと思う」とのことです。つまり昭和43年頃。

西村寿光氏についてWikipediaを読むと『(狩猟は)1967年に止めて狩猟禁止論者に転じ』とあります。1967年とは昭和42年。つまり『老人と狩りをしない猟犬物語』が描かれたのと同時期であると言えます。西村寿光氏は作品を書く前に膨大なリサーチをするとのことですので、この作品のリサーチ〜執筆の時期と、狩猟禁止論者に移行した時期はピタリと重なると言っても良さそうです。

ネタバレはしたくないので、子細に触れることはしませんが、この作家の動きはやはりこの作品にも滲み出てきていますね。

この老猟師について、作品の中で「獲物を狩らないことを良しとする」という作家の心が透けていたので、読了後、作家が狩猟禁止論者になったという情報を見てストンと腹に落ちました。

つまり、わたしの勝手な解釈ですが、この作品は狩猟の是非について悩む作家自身の心について描いたものなんじゃないか、と思うんです。

そういう視点で読んでみると、またおもしろいですよ。

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