ぼくが大切にしてる、狩猟における「ちょうどいい」という感覚

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最新の装備ほしいですか? まぁ、ほしいですよね。最新の道具を否定する気はさらさらないものの、同時に忘れたくないのが「ちょうどいい」という感覚。そして「工夫・技術」でカバーするという姿勢だと思っています。

過剰な自問

よく自分の中で考えることがあります・

「狙った獲物に必ず当たる銃があったらほしいか?」

どんな距離でも当たり、獲物が動いていようが、急に動きを変えようが、追跡して当たるすごい技術が開発されたとして、それがほしいか? という思考実験です。

結論を言えば、ぼくはいらない。ほしくない。ほかにも——

「山のどこに獲物がいるか分かるドラゴンレーダーみたいなものがあったらほしいか?」

みたいな問いも考えます。はっきり言って、ここで挙げた2つの道具があれば、狩猟は単純作業になるでしょう。いや、それどころか、その2つを組み合わせた「レーダーで獲物の位置を探し、ボタンを押すと、そこに着弾する銃とスコープ」なんてものがあれば、家にいながらにして狩猟ができますね。

でもそんなものいらない。

技術的興味として見てみたいけど、ぼくは使わない。

こういう便利さを追求していくと、その先にあるのって(狩猟なら)スーパーで肉を買うっていう結論になると思うんです。スーパーで食べたい部位だけ、食べたい分だけ手に入れてくる。究極の合理性です。

恐らく多くのハンターは「いや、自分で獲りたい」と思ったはずです。

(駆除などが目的なら欲しい気持ちは分かります)

 

道具は未熟だから補う技術が求められる

ちょっと極端な例でしたが、もう少し例を圧縮して小さくしてみましょう。

「500mまでドロップもなくて、グルーピングは3cm。しかもガク引きなどの人間のミスは打ち消してくれる」という銃と弾が開発されたとしましょう。

ほしいですか? これがあれば、500mまではなんにも考えずに引き金を引けば当たるということになります。

あるいは、「300mまで当たる銃」「150mまで当たる銃」と、距離を落としていったらいかがでしょう? 技術的興味は別として、日々の狩猟としては、「ああ、これくらいがちょうどいいな」と思える仕様があるのではないでしょうか?

たとえば100mまでしか当たらない銃を使って獲物を獲るには100mまで獲物に寄らなくてはいけません。

銃の性能が足りない部分は、技術でカバーすればいい。とまぁ、そういうわけです。ぼくはそっちの方がよっぽどおもしろく、やりがいもある、と思うのです。

 

じゃぁ、銃を使うのもやめれば?

で、こういう考えを追求していくと「それなら銃もやめて、火縄銃で、あるいはナイフ1つで獲物を獲れば?」と思う人もいると思うんです。

そうしたいなら、そうすればいいんですが、実際はやっぱり難しい。たとえばナイフ1つでシカを獲ろうと思ったら、すっっっごい期間がかかるでしょう。その間は獲物はない状態です。つらい……。

 

ちょうどいい具合

だから「ちょうどいい」という感覚を大切にしたいな、と思うんです。

「おれにはこの銃がちょうどいいんだ」という感覚です。たとえば100mまではなんとか当たる銃。それで獲物が獲れたり獲れなかったりする。簡単じゃないけど、自分がうまく立ち回り、獲物に寄り、冷静に撃てれば獲れる。自分に落ち度があればダメ。

人によっては300mをちょうどいいと思うかもしれないし、500mかもしれない。あるいは50mかもしれないわけです。それは個々の感覚なので、誰も否定できないものだと思います。

よく「銃は好きなものを買いなさい」というアドバイスを言う人がいます。ぼくも言います。

それって、要するに「好きな銃ならば、たとえ多少の使いづらさがあったとしても、受け入れて自分でカバーしていける。つまりそれをちょうどいいと思えるようになる」ということだと思っています。

たとえば単身元折れ銃で1発しか撃てない銃ならば、1発で仕留めるようになるでしょうし、リプ銃身の上下二連で大物猟をやるなら、恐らく遠射はある程度あきらめるスタイルになるでしょう。

でもそれが好きで、それで獲ることがおもしろいなら、それでいい。

ぼくはそう思うんです。

 

銃だけじゃない

これは銃だけじゃないんです。

すべての道具に同じことが言えると思っています。たとえば超短時間でお湯が沸くクッカーと、時間がかかるクッカーがあったとき、前者の方が合理的ですが、自分にちょうどいいと思えるなら後者でもいい。

蒸れない雨具と、蒸れる雨具。

軽量なコッヘルと、重いコッヘル。

などなど。いろいろあると思いますが、高性能は良いことであるとはいえ、最先端を追求せず、足りない部分は自分で補えば良いと思えば、アウトドアはもっとおもしろくなる部分もあると思っています。

 

「ちょうど良さ」は自分だけのもの

絶対に他人の「ちょうどいい」という感覚は否定しちゃいけないと思っています。そして自分の「ちょうどいい」という感覚は自分だけのもので、誰かに否定される必要もないし、他人の目を気にして決めることじゃないと思うんです。

たとえばこの記事の最初で「絶対当たる銃」の話をしましたが、「いや、おれはそれがほしいぞ」と思うことだって、全然OK。ただ、それを使っていない人を「なんでこれを使わないの?バカだなあ」と言うことはできないというお話です。

あと、他人の目を気にしないってのも重要で「こう見られるんじゃないか?」って思うこと自体が、自分のちょうど良さを見失わせる大きな要因だと思っています。

 

まぁ、ここまで書いて何が言いたいかって「ぼくはこれくらいでちょうどいいんだ」って思える感覚を大切にしたいな、って話です。


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狩猟やってます。ひとりで歩き獲物を追う単独忍び猟が好き。狩猟系ブログ《山のクジラを獲りたくて》運営。狩猟系の本を集めるのが趣味。雑誌『狩猟生活』『ガンズ&シューティング』に寄稿し始めました。 ヤマノクジラショップ始めました:https://yamanokujira.theshop.jp

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