書評『トラッカー』本気で自然を理解しようとするとここまでいけるのか……
今日ご紹介するのはトム・ブラウン・ジュニアによる『トラッカー』です。
トラッカーとは、山の中で痕跡を辿って行く人のことを指します。たとえば鹿の足跡を見つけて、それを丁寧に追跡して、シカがいるところを突き止めるというのもトラッキングの1つ。ハンターとしては欠かせない技術の1つですね。
この本はハウツー本ではありません。1人の天才と言っても良いくらいのトラッカーの自伝的な著書です。どのようにトラッキングを学び、それをどのように活かしているか、そういう物語になっています。
『トラッカー』
森は生き物たちの足跡でいっぱいだ!トラッカーはそれらすべてを瞬時に識別する。グランドファーザーが伝えた“古来の道”に根ざすこのサバイバルの技術は、精霊に満ちた大自然へのまったく新しい魂の入口となるのだ―。
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この本は著者である “トム・ブラウン・ジュニア” の自伝的な内容になっています。さて、トム・ブラウン・ジュニアとは誰か? 書影にある紹介文を見てみましょう。これがなかなか興味をそそられる内容なのです。
7歳の時にアパッチ族の古老ストーキング・ウルフ(グランドファーザー)と出会い、10年間サバイバルやトラッキングやアウェアネスの技術を学ぶ。さらに10年間アメリカ国内を放浪し、原野の中で生き延びる技術を磨く。27歳の時に、行方不明者のトラッキングを依頼され、見事に探し出したことから名前が知られるようになる。(後略)
先日ご紹介した『グランドファーザー』という本も同じくトム・ブラウン・ジュニアによるもので、トムは彼からサバイバル技術を学びました。
参考:書評『グランドファーザー』ネイティブアメリカンの自然な生き方
このストーキング・ウルフ(グランドファーザー)はクマにソーッと忍び寄り、尻を平手打ちして逃げることができるほどストーキングに長けており、特にストーキング(忍び寄る)するのが難しいとされるオオカミに近寄ることもできたことから、称号としてストーキング・ウルフと呼ばれるようになりました。
言ってみれば、トムは彼の弟子のような存在でした。
そのトムの凄さが分かる部分を見ていきます。
シカのえさ場で待ち伏せる
トムとリック(親友で、共にストーキング・ウルフからすべてを学んだ)は夜中に鹿の足跡を追うことにしました。
というのも、ストーキング・ウルフから「何も見えない夜でもトラッキングはできる」と言われ、その方法を模索していたのです。ストーキング・ウルフはすべてを言葉で教えるタイプの人ではなく、いつもヒントだけを与えていました。これもそういうヒントのひとつだったというわけです。
もちろん懐中電灯なんか使わないので、指先で地面を触り、その感触で足跡を理解します。そうして見つけたシカの足跡。トムとリックはその足跡を追跡します。
しかし、わたしはだんだんと、自分たちはシカが最近えさ場にしている場所を這っているのではないかと考え始めていた。ほかの場所は草が膝まであるのに、そのあたりは芝生のようなスポットが多かったのだ。
(中略)
夜が明ける前にシカたちがそこにやってくることを確信した。草がまだ残っているところまで這い、仰向けに転がって星を眺めた。『トラッカー』p.116
そう……トムとリックはシカがやってくるのをその場で待つことにしたわけです。ストーキング・ウルフから気配の消し方も教わっていたので、それを活かしてただジッと待ちまします。
待つこと1時間……。
私は息を呑んだ。今まで見えていた星々が、巨大なシルエットの中に消えてしまった。雄ジカはリックと私の間に立ち止まると、頭を下げて草を食べ始めた。自然の中で、ほかの誰も見たことや経験したことのないものを見ることができて、私は大得意になってしまって、喜びの感情を抑えることができなかった。
『トラッカー』p.117
ごろんと仰向けになって待っていたトムトリックのすぐ横に雄ジカがやってきて、トムの顔のすぐ脇で草を食べ始めるのです。
このようにストーキング・ウルフから課題を与えられ、そこに自分の興味・好奇心を乗せて、どんどんと新しい技術を学び、森の神秘を学んでいきます。
スピリチュアルな面も強い
ストーキング・ウルフはネイティブアメリカンであり、森をひとつの信仰の対象として見ています。だから文章の端々からスピリチュアルな内容を感じます。
日本でも「山の神さま」とか、「八百万の神」とか、いわゆる『千と千尋の神隠し』や『となりのトトロ』などの世界観が浸透しているので、受け入れやすいと思いますが、とにかくこの本は「科学と統計により自然を切る」という発想ではなく、自然や森の神秘性を受け入れていこうという趣旨が強いように感じます。
わたしも信仰心が強いタイプではありませんので、こういったスピリチュアル的な面をすべて受け入れられたわけではありません。それでもこういう信仰心を持った人のことは嫌いではありません。表面だけ信仰心を出してくる人は苦手なんですが……。
いずれにせよ、全体を通して「スピリチュアル」を前面に押し出しているわけではないので、そういうのが苦手な人も手にとって欲しい1冊です。
遭難者の救助も
またトムは卓越したトラッキング技術を活かして、森での遭難者を追跡するようになります。
数十人、数百人の警察が動員され、見つけられなかった遭難者をひとりで追跡し、発見しそれがきっかけで有名になっていきます。
いまはトラッキングを含め、ストーキング(忍び寄る)、アウェアネス(気付く)などの技術を伝えるためにトラッカースクールを開講し、ストーキング・ウルフから教わった技術を伝える仕事をしています。
狩猟をレジャーとして楽しむことはもちろん悪いことではないですが、そこに漂う神秘性みたいなものに目を向けて、理解しようとすることは、それ自体が人間らしい試みであるような気がして、わたしは好きです。
この本はネイティブアメリカンの考えで書かれていますが、我々日本人にも古くから伝わるマタギの精神や自然を信仰した宗教観はあるわけで、そういうものに興味を持ってみるのも良いのではないでしょうか?
さて、現実的な問題が1つ……。
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