書評『熊嵐』北海道の開拓民の生活が見えるドキュメンタリー小説

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北海道で起きた、国内最大級の羆事件である三毛別羆事件。この事件を題材にした吉村昭氏の作品がこの羆嵐(くまあらし)です。

表紙を見ただけでも分かる通り、決して気持ちのいい作品ではありません。

しかし現代のわたしたちには想像しづらい、北海道の開拓民の生活感や価値観。また自然の驚異というものが見えてくる作品だと思いました。

この事件に興味がある人は手に取ってみてはいかがでしょうか?

熊嵐

表紙の絵、タイトル、そして帯に書かれた「日本最凶の肉食獣ヒグマ 厳冬の天塩山麓 荒狂う巨体と老猟師の対決」という文句。

どこを取っても恐ろしい印象ばかりで、実は買ってからしばらく読まずに机の隅に積んだままにしていました。

三毛別羆事件をご存じでしょうか?

エゾヒグマが数度にわたり民家を襲い、開拓民7名が死亡、3名が重傷を負った。事件を受けて討伐隊が組織され、問題の熊が射殺されたことで事態は終息した。
三毛別羆事件(Wikipedia)

大正4年の事件です。まだ携帯はおろか電話もなく、開拓民のほとんどが風が通り抜ける草の壁で建てた家に住んでいる時代です。

羆の事件に興味がある人はきっとご存じでしょう。国内では最大級の獣害です。

今日ご紹介する『熊嵐』はこの事件を題材にしたドキュメンタリー小説です。

事件だけじゃない

この作品は決して気持ちの良いものではありません。羆が人間の骨を噛み砕く音や妊婦から引っ張り出された胎児など、読み進める目が思わず鈍るようなきつい描写が続きます。

しかしハッとする文章が多く、小説として非常に深い気付きを与えてくれるものでもあります。

そのひとつをあげてみます。まだ羆が現れておらず、開拓民は一生懸命土を耕し、作物を育て、なんとか村を住みよいものにしようと躍起になっています。

村落の者たちの生活は、植物に似た性格を備えていた。
(中略)
しかし、彼らの生活は、その地の土壌に仮の根をのばしはじめていたに過ぎなかった。
(中略)
土との融合は、植物の種子が地表に落ちるように死体を土に帰することによって深められる。人間の集落には、家屋、耕地、道と共に死者をおさめた墓石の群が不可欠のものであり、墓所に立てられた卒塔婆や墓石に備えられた香華や家々で行われる死者を悼む行事が、人々の生活に彩りと陰影を与え、死者を包み込んだ土への慎ましい畏敬にもなる。

開拓民の生活を植物に例え、そしてその本当の「土との融合」は「死体を土に帰することによって深められる」という文章。

まだ開拓民は来たばかりで、死者がいません。墓のひとつもないため、村がまだその土地に根付いていないという感覚を持っていたというわけです。

しかし、三毛別事件を見れば明らかな通り、この直後、巨大な羆がやってきて7人の命を奪います。

そしてその事件を終え、羆の射殺に成功した。しかし7人もの命を土に帰したにもかかわらず、——というか、「だからこそ」なのですが……、村人は徐々に去り、数年後には無人の村となりました。

羆の討伐隊に失望して

羆に村を襲われ、なんとか羆を倒そうと警察を中心に銃を持った人間を集めて討伐隊を編成します。

ところが村人は討伐隊に失望します。いざ熊が現れて撃ってみたら、不発ばかり。たまに発砲できても当たらない。それだけならまだしも銃を持った「普段は偉そうに猟のことを語る猟師たち」が、巨大な羆を見て怖じけついてしまうのです。

男たちは、改めて羆と対抗できるのは羆撃ち専門の老練な猟師以外にないことを知った。銃は羆を斃(たお)す能力は持ってはいるが、それを扱う人間のすぐれた技術と豊かな経験なしに果たされぬことに気づいた。

銃を持っていれば強いだなんて、自然の中では通用せず、やはり自然への深い理解と、日頃からの訓練と経験の積み重ねなしに熊撃ちには慣れないという事実を突きつけられた気がしました。

事件に興味がある人はぜひ

羆の敵を討つ猟師の話に見えるかもしれませんが、全体的には開拓民の歴史や羆の襲撃に遭った村人の混乱など「開拓民を取り巻く人間模様」に重きを置いている印象です。

北海道の開拓民がどういった生活を営んでいたのか? それを垣間見ることが出来るという意味でもよい小説だと思いました。

誰にでも勧められる作品ではないですが、興味があれば読んでみるべきだと思います。Kindle版もあるようですので、電子書籍派の人もどうぞ。

最後になりますが、この事件で命を失った人のご冥福をお祈りします。

 

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