新年ですし、自分がなりたくないアウトドアマン像4つ

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新年になり、自分が理想とする狩猟者・アウトドアマンについて考えています。

今日はすこし角度を変えて「自分がなりたくないアウトドアマン像」について書いてみます。

念のため強調しておきますが、あくまで「わたしが個人的に理想としていない」というだけで、こういう人がいても非難する意図はございません。なので、ここで該当するからといって、否定されたと捉えないでください。

採った食料を自分で調理できない人

さっそくですが、まずわたし個人的な理想として「採った食料は自分で調理できる」というものがあります。

山菜・キノコ・魚、そして今年の末からはイノシシやシカも獲る予定です。

そういった獲物を理想として、自分で調理したいし、できる人間でありたいと思います。

妻も「猪が捕れたら、わたしも料理したい」と言っているので、妻が調理することもあるでしょう。それは構わないのですが、少なくとも自分で喜んで調理する姿勢を大事にしたいと思うのです。

基本は自分でやる。あるいは “やれる”。

そういう人でありたいのです。

自分の道具をメンテナンスできない人

道具を大切にする人でありたいのは昔からの理想です。

ナイフなどはもちろんですが、どんな道具であれ、自分でメンテナンスできないなら所持すべきではないとさえ思っています。

自分でできないなら、メンテナンスをしてくれる人にちゃんと依頼をするという責任があるでしょう。

たまに「もう何年も手入れしてないけど問題なく使えるんだよ!」と誇らしげに言う人もいますが、自分は「ちゃんと手入れをしてるから、気持ちよく使えるんだ」という姿勢を大事にしたいのです。

学ぶ気持ちが薄い人

アウトドアは学ぶことでいっぱいです。

1歩家を出れば知らない草木が生えています。一生学んでも学びきれないほどの教材が山には溢れています。

そのすべてを知ることはできませんが、少しずつでもいいので知っていく姿勢を大事にしたいです。それが停止したらイヤですね。

自然を消費するだけ人

アウトドアで何かをすれば、自然を一定量消費することになります。

釣りをすれば魚を、山菜を獲れば山菜を、猟をすれば獣を消費します。

焚き火をすれば木を、料理をすれば川の水を消費するでしょう。

こういう一定量の消費は悪いことではないと思います。自然を消費することはすべての動物がやっていることで、分別をもってやれば自然のためにさえなるでしょう。

しかし「消費するだけ」の人にはなりたくないな、と思っています。

なにができるかは立場や個人の状況によって違うと思いますが、ギブ&テイクは意識的にやりたいと思うのです。自分が自然に対してできることは何だろうか? そういう視点をわすれないでいたいな、と。

理想は理想。

理想は理想であって、何もかも完璧とはいきませんが、少しずつでもいいので理想に近付きたいと思います。

とくに4つ目の「自然に対して自分ができること」がなんなのか? これは永遠のテーマです。

これからも長く楽しむために、こういうことを意識していきたいな、という4つの「なりたくないアウトドアマン像」でした。

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