狩猟用ナイフという観点で内田啓さんの3本のナイフと対話してみる
道具の楽しみ方の1つに「その道具との対話」みたいなカタチもあると思っています。
「設計者はどういう考えで、こういうデザインにしたんだろう?」
そういうことを考えながら、その道具の適した使い方を考えてみるというのは、けっこうおもしろいもんです。
で、今日はナイフです。
内田啓さんというナイフ作家さんから、3本のナイフを預かっています。目的はオリジナルナイフを作るため。今日はその3本のナイフを見て、そのデザインから、ナイフに込められた意図みたいなものを感じてみようという試みです。
内田啓さんという作家
オフィシャルサイト:内田啓 カスタムナイフ
内田啓さんはJKG(ジャパンナイフギルド)に所属するナイフ作家です。——とまぁ、杓子定規な紹介は置いておくとして、わたしなりの感覚でご紹介すると——
「ナイフ自体とても真面目な作りで、その割には手の届きやすい価格で、ラブレス系統をベースにしつつもオリジナルのデザインに対する模索もしているナイフ作家さん」
という感じです。上から目線っぽい表現になってしまってますが、まぁ、本当にこう思ったので。
あくまでカスタムナイフですので、大量生産ものと比べれば高いですが、その中でも内田啓さんのナイフは買いやすい価格のラインナップが多いです。また、雑誌Fielderのナイフ特集にも登場してオリジナルデザインのナイフを作ったり、ほかのナイフ作家さんの作品を参考に勉強したりしているそうで、ナイフショーで見る度に新しいデザインのナイフが並んでいるイメージです。
では実際にナイフを見ていきます
3本のナイフ
サイズも、刃の形状も異なる3本のナイフです。では、上から順番にスペックをご紹介しつつ、わたしなりに考える使い方と言いますか、設計思想を読み解いていこうと思います。
※もちろんこの解釈自体が、わたしの独断です。ユーザによって違う捉え方をするかもしれません。それもおもしろさですからね。
5インチ ドロップハンター
鋼材:CV-134 ホローグラインド
ハンドル材:グリーンキャンバスマイカルタ
3本の中でもっとも大きなナイフです。人差し指を伸ばしてもこの通り、先端まではまったく届きません。
わたしはナイフの大きさを見るとき、数字よりも「人差し指の届き具合」で判断することが多いです。先端に届くくらいのナイフというのは非常に操作性が良くて、細かい作業もしやすく、つまらない切り傷を増やさないというイメージを持っています。
このナイフは写真で見ても分かる通り、かなり長いですね。5インチなので12.7cm。みんなご存じモーラコンパニオンとかだと10.4cmなので、あれよりもひとまわり長いイメージですね。実際持ってみても「ガッシリ」という印象を受けます。
また刃厚も1番厚く、一番厚いところで5mmほどあります(定規で測ったザル計測です。あしからず)。
この通り、ハンドルもけっして細くなく、グーで握って力が入る感じに仕上がっています。
このナイフを手にしたとき、真っ先に思ったのは「野営も覚悟した狩猟山行で、1本だけ持っていくならこれかもしれない」ということ。
解体もできるし、力の必要な仕事もバッチリできます。鉈ほどではないですが、少しくらいは「たたき切る」ような動作もできそうな感じです。最低限の小屋掛けをしたいなら、3本の中ではこれが1番適しているはず。
CV-134も「硬度が高く、耐磨耗性と靭性に富み、ヘビーデューティー向き(Matrix-AIDAより)」の鋼材ですので、まさに荒っぽい作業も覚悟した鋼材だと言えそうです。
鋼材の面から見ても、デザインの面から見ても、「荒っぽい作業も覚悟したナイフ」という想いを感じますね。
でも、けっしてめちゃくちゃ大きいわけじゃないんです。たとえば鉈ほどではありません。わたしの受け取った印象では「荒っぽい作業もできる。でも、この1本で細かい作業だとか、獲物の解体だとかもやれる。だからこの1本だけ持って山に行けばいいんだよ」という気持ちを感じました。
フォレストアンドストリーム
鋼材:ATS-34 フラットグラインド
ハンドル材:マッカーサーエボニー
いろいろ使っているので傷が付いています。言い換えれば(いきなり結論ですが)わたしが1番好きなナイフです。
このナイフの特徴を言うならば「軽い!」ということ。ヒルトもないですし、刃厚は3mm程度(ザル計測です)。また2方向にテーパーしており、それも軽さに拍車をかけています(よくあるお尻に向かって刃厚が薄くなるのと同時に、刃の背から下に向かっても薄くなっています。伝わりますかね?)。
さて、刃長はというと、やはり人差し指は全然届きませんから、比較的長い部類と言えそうです。計測してみるとだいたい10cm。つまりモーラコンパニオンと同じくらいのサイズ感ですね。
ほら、刃厚が薄い。3本の中でもっとも薄いです。
ヒルトもなく、ハンドルは細い作りで、実際の重さだけじゃなくて、見た目にも “軽い” ナイフだと思います。
先端に向かって軽くドロップしています。と同時に、うっすらと刃が凹型に凹んでいるのが分かるでしょうか? 写真だと分かりづらいのですが、まな板に立ててみると、少し隙間が空くのです。これは内田さん曰く、「バトニングするようなときに、刃全体が木に当たらないようにしている」とのことでした。たしかにこのデザインだと1〜2点しか当たらないですからね。
またヒルトがなく、チョイルがあります。じつはラブレス系統のデザインの中では珍しい気がします。ランドールのナイフはありますよね。
わたし個人的にはこのチョイルが好きです。研ぎやすいし、「ここからが刃!」ってのが分かりやすくて、好みなんです。
しかしヒルトがないことも手伝って、ちょっとでも手が滑れば切れてしまいます。
さて、こうやって見ていくとわたしが感じるのは「軽量化はしつつも、細めの木を切ったり割ったりするくらいの余力は残しているナイフ」という印象です。
いや、本当にわたしが感じた言葉を使うなら「これって西洋風のマキリじゃない?」っていう印象なんです。
マキリってご存じですか?
マキリとは、アイヌ民族によって用いられた短刀、もしくはアイヌ語より派生した、マタギを始めとした日本の猟師に用いられている狩猟刀、または漁業従事者に用いられる漁業用包丁の名称である。
現在ではアイヌ民族が用いていたものを特定して指す場合には“アイヌマキリ”と呼称される。
「マキリ」とは本来はアイヌ語で「小刀」を意味するもので、アイヌ民族の日常生活の中で汎用刃物として様々な用途に用いられた。より大型のものは「タシロ」と呼ばれて区別される。
マタギの道具を見ていても、けっしてナガサ1本ですべてを済ませていたわけではなく、小型のマキリを持っていて、それで解体やら細かい仕事をしていたわけです。いろんな用途に使うので、変に個性的なカタチにせず、ある程度シンプルで携帯しやすい形状を保つ。そういう刃物です。
この「西洋風マキリ」というイメージを持ちました。ある程度、細かい作業はすべてやれるナイフであり、軽いので大きめの鉈と一緒に持っても邪魔にならない。そういう魅力を感じました。
たとえばこの1本で狩猟に行くのはどうか? わたしはたぶんしません。なぜならまだ微妙に生きている獲物の止め刺しをするとき、刺す瞬間に暴れられたらヒルトもなく、手を切りそうだから。
でもこれは弱点ではないと思っています。ヒルトを付けて欲しいとも思っていません。わたしは剣鉈を携行するタイプですので、剣鉈を補完する万能ナイフとしてこれを使いたいと感じましたね。うん。
だから実は剣鉈のサヤにこのナイフを一緒に刺せないかな〜と思ったりしています。
4インチドロップハンター
鋼材:ATS-34 ホローグラインド
ハンドル材:タンキャンバスマイカルタ
これがもっともイメージしやすい「解体ナイフ」だと感じましたね。わたしが内地のシカ・シシ撃ちで解体に使っていたナイフに最も近く、形状の違いと言えば刃長くらい。わたしが使っていたのは3インチ程度ですので、これよりさらに短いものです。
ほら、人差し指を伸ばしてみても、かなり刃先に近いところまで届きます。手早く筋肉を切り離したり、腹に手を突っ込んで見えない横隔膜を切ったり、そういう作業には1番向いていると思います。
刃厚は4mm程度(ザル計測)。けっして薄くはないです。けっこうしっかりしているので、胸骨を割るような作業もいけるはず。
ハンドルのオレンジ色がカッコいい〜。
日帰り前提で、止め刺しは銃でやると割り切っているハンターならこれ1本でいいんじゃないかな? あるいは止め刺しは首を切るというなら、これでもいいのかも。
内地の猟でもこれを使ってみたいと思いました。
内地での猟でもこういうセミスキナー系のナイフを使っていたので、北海道に来るにあたり、1番イメージしやすい選択肢です。「エゾシカが内地のシカよりも大きいので、その分ちょっと大きめのナイフ」ということで、まったく違和感のない選択。
3本の中ではもっとも用途が明確で、言い換えればもっとも「サバイバル・ブッシュクラフト」系の用途から遠いのかな?
わたしの妄想は続く
さて、この3本のナイフを手にしているのも、オリジナルナイフを作るという目標があるからです。
で、今わたしが思い描くのは、2本目のナイフをベースにした「西洋風マキリ」的なもの。剣鉈や、そこまでいかないにせよ、少し大きめのナイフと一緒に携行して、細かい作業を全部請け負ってくれるようなナイフ。
いわゆるマキリを手にしてみたくなりました。いろいろ比較してみたい……。
それこそ、いっそのことスケルトンナイフ(ハンドルに木材などが使われていないナイフ)にするのもありかと思ったり、でも個人的な好みとして、ウッドハンドルがいいな、と思ったり……。
まだまだ妄想は続きます。
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