【書評】ボクハイヌヲシリタイ【ザ・カルチャークラッシュ】
ぼくは犬を知りたいのです。
小学生の頃、実家でアイリッシュセッターという犬を飼い始めました。めちゃくちゃ可愛くて、ぼくも散歩に連れ出して楽しんでいたのを覚えていますが、自分でガンガンしつけていたわけではなく、お手伝いとしての散歩くらいしかしていなかったので、ぼくがその犬に抱いた印象は「かわいい!」以外のものはありませんでした。
実家の犬以外にも、人の家に行って犬がいれば、そそくさと寄っていって「あーよしよし」と犬と絡み合うタイプです。
一方で、ぼくは人の顔を覚えるのが苦手です——宿泊業を営む人間として致命的なのは言うまでもないです。ぜんっぜん覚えられない。初対面だと思っていたら、もう何度も会ったことがあったりして、その場のこじれた空気を取り繕う技術ばかり向上しています。
ところが妻に言わせると、ぼくは「犬の顔をよく覚えている」んだそうですヨ。妻と2年半かけて世界一周の旅をしましたが、その思い出話をするとき、どうやらぼくは「あそこの家の犬はさァ」と、旅先で出会った犬のことばかり話しているそうです。
まぁ、とにかく犬は好きです。はい。
ザ・カルチャークラッシュ
自他共に認める「犬好き」なんですが、いざ実際に自分で犬を飼い始めてみると、いかに自分が犬のことを知らなかったのか、ということを痛感するのです。ここでいう「痛感」は比喩ではなく、やたらと噛む力の強いアイヌ犬の甘くない甘噛みによる本当の ”痛み” を通じて「ああ、ぼくは犬を知らない」と日々思い知らされているのです。
元来、勉強好きではあるので、いろんな犬関係の本を読みました。その中で1番しっくりきたのがこの『ザ・カルチャークラッシュ―ヒト文化とイヌ文化の衝突 動物の学習理論と行動科学』』という本です。
いかに一昔前の犬のしつけが間違えていたか。いかにディズニー式の動物像・犬像が間違えているか。
犬が実際に世界をどう見ていて、飼い主として、そこにどう関与すべきか。
そのあたりのことが分かりやすく書かれています。
AIの強化学習
ぼくはこの本を読んで真っ先に思ったのはAIの初歩的な学習手法としての「強化学習」でした。
じつは学生の頃、そのあたりのことを勉強していたことがあり、知識はすでに化石並みに古いですが、当時のAI研究などはちょっと知っていました。
強化学習ってのは思い切りシンプルに言えば「コンピューターが望ましい動作をしたら褒めてやる」という学習理論です。
コンピューターは基本的にランダムに行動します。たとえば町の中を歩くプログラムがあったとして、コンピュータに好き勝手に歩かせると,本当にランダムに、右へ左へと無意味な移動を繰り返します。
そこで、管理者である人間が「目的地」を決めてやるとします。そしてプログラムが目的地に近付く動作をしたら褒めてやります。ここでいう「褒める」は得点をあげるような意味合いです。
そうすると、相変わらずランダムに動くプログラムですが、得点をもらった動作はより高い頻度で発生するようになります。純粋な乱数ではなく、点数が高い動作は発生率が高くなるということです。
これを延々と繰り返すと、徐々に目的地に近付いて行き、しまいには目的地に到着します。プログラムに行き先を教えることなく、好ましい動作を褒めることで、動作を強化していくから「強化学習」と言うわけですが、これにはとにかく回数がものを言います。2〜3回やってもまったく目的地には近付きません。何万回も繰り返し、点数が蓄積されて、初めてゴールに到達するのです。
——犬の学習理論はまさにこれだなって。
ディズニー式の動物像
この本でも何度も出てくるディズニー式の動物像。これがいかに飼育者を惑わせているかもわかります。
犬がイタズラをする。
犬が善悪を分かっている。
ってことがいかにくだらないディズニー式の動物像の影響か。っていうのは、ぼくもやっぱり影響を受けているな、と思ったのです。犬も頭の中では人間のように考えていて、あれこれ駆け引きをしているのではないか? そんなイメージを持っていたんです。
でも、そんなことはない。シンプルな本能と、何らかの形で強化されていった行動。犬はこの2つで成り立っていると言っても良さそうです。
本能なんかシンプルです。餌を食べたり、気持ちがいいことや楽しいことを追求するだけです。そして強化された行動。つまり「“オスワリ” って音が聞こえたときに座ってみたらおやつをもらえたゾ」ってことです。こういうコマンドだけじゃなくて「お父ちゃんがリードを持ったとき、座っているとすぐに散歩に連れて行ってくれるけど、立ち上がって興奮しているといつまでも散歩に行かないようだ」みたいなこともそうです。
飼い主がリードを持ったら座る。それが1番欲しいものを得られる近道である、と思うから犬は従うんです。よーし、飼い主さんを喜ばせよう、とは違うでしょう。
今のところ、もっとも「犬を知りたい」という気持ちを満たしてくれた本
です。ちょっと高いですが、買う価値がある本だと思います。
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