〈書評〉『43歳頂点論』は背中に突き立てられた鎌のようだ
『43歳頂点論』(角幡唯介)を読んだ
この本はエールである。応援歌である。あるいは、背中から鎌を突き立て、歩みを止めることを許さない死神のような本である。
43歳頂点論とは、体力的頂点と、積み重ねた経験からくる創造力の頂点の交点が43歳前後にくる、という理屈だ。この例として著名な冒険家(植村直己、長谷川恒男など)が43歳で亡くなったことを挙げている。
よく考えてみると、これが不思議なのだ。43歳で亡くなるのであれば、頂点はその手前だったのではないか? という理屈が成り立ちそうである。たとえば、走り高跳びで2mを飛び、2m10cmで引っかかったのであれば、記録は2mである。となれば、頂点は42歳であり、『42歳頂点論』か『43歳の手前頂点論』とでもなるほうが自然である――。
と、ここで納得してしまった人は、ぜひ本書を読んでほしい。
ここで言う “頂点” というものを “死の余白” という概念で説明しきる筆力と論考はさすがで、冒険・探検に対する鋭い論考をしてきている角幡さんにしか書けない作品になっている。
さて「なぜ43歳が頂点なのか」という問いは置いておくとして、この本が駆り立てるものが何なのか。それが重要だ。決してフワッと生きていれば、43歳が頂点となるよ、という生ぬるい話ではない。むしろ43歳までの生き方を問われており、それ次第では、本書で語られる頂点に到達できない可能性が高い。
全力で生きた者だけに訪れる、死の余白がキリキリと狭まった行為の瞬間――死と生が重なり、頂点に達する。それがどうやら40~45歳くらいに訪れるらしい。
冒険家の死生観とだけ捉えるともったいない。
少し抽象化し、一般化してみるとリスクと最高到達点のせめぎ合いと言えばいいだろうか。
歴戦の経営者が積み重ねた経験と、今とりうるギリギリのリスクをひっさげて新規事業に取り組む瞬間も、本書的な頂点を感じさせるかもしれない。その結果として失敗し倒れる経営者もいるだろうし、そのギリギリの選択で会社を急成長さえることもあるかもしれない。
この本は「さて、お前は43歳になって、死の余白をギリギリまで切り詰めた頂点を目指して歩いているか?」という問いなのだ。そうでなければ、生きながらに死んでいるに等しい。背中に迫った死神の鎌を感じさせる。

わたしはいままさに43歳。
できているかな~。
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