雪に埋まった林道を前に老いを考える
猟場にしている山にも、とうとうしっかりと雪が積もった。
林道が埋まり、単独で突入するには少し心許ない深さになってきた。悪路に強いジムニーとはいえ、少し油断すればしっかりスタックするものだ。スタックしたときの対応基礎知識くらいはあるものの、それだって正直頼りないレベルである。

「行けるかなァ。いや~恐いな~」
という微妙な積雪で、試しに雪の積もった林道に前輪を突っ込んでみると、意外と難なく入るのだが、一瞬タイヤが空転する感覚があり、慌てて引き下がった。万が一林道の奥地でスタックして手に負えなくなったら地獄である。電波が通じるところまで1~2時間かけて歩き、JAF的な誰かに助けてもらうことになるだろうが、なにしろ雪深い林道である。
「雪が溶けるまで待ちな」
なんて言われかねない。というわけで素直に諦め、引き下がるほかないのである。
あきらめるというのも「勇気」じゃあねーのか
ジョジョの奇妙な冒険 第7部 スティール・ボール・ラン
思い返せば、昔は諦めが悪かった。やりたいことはやらずにはいられなかった。いろいろ犠牲にしても、やりたいと思ったら、やるしかないのだ。無理をしても、背伸びをしても、リスクを背負っても、やりたいと思ってしまったらやるしかない。そうするしか、自分を納得されることができなかった。
そういう一直線な感覚は狩猟を始めてからは和らいだように思う。
自然を相手にした活動である以上、自分がどれだけもがいても仕方がない、と思えるようになった。クマを獲りたくても、クマが冬眠してしまえばひとまず終わりである。泣いても叫んでも、仮にお金を積んでも、どうにもならないのである。クマを叩き起こして撃つわけにもいかない(穴熊猟には興味があるが、まだクマ穴が見つけられないのは別の話)。
結局は自然の持つ圧倒的な力の前にひれ伏すしかないのだ。
いや、実を言えば少しくらいはもがくことができる。
たとえばより雪に強い車にしていくことはできるだろう。タイヤを替えて、前後にウィンチも積んで……いや、スノーモービルを買うという手もある。お金で解決できる問題というのは、思いのほかあったりする。

どこまでのことをお金で解決し、どこから諦めるのか。
狩猟は――いや、人生は、意外とそういう判断の繰り返しなのだろうと思っている。
「おれはここまででいい」
そうやって納得できるなら、けっこう幸せなのかもしれない。そして、そうやって諦めて納得できることが増えていくことが老いなのかもしれない。若い頃よりも、ずっと簡単に諦められることが増えた。
諦められることが増えてきた一方で、諦められないこともある。
雪に埋まった林道を前に「車が入れなくたって、歩いて入ればいい」と気持ちを新たに入山するのだった。やっぱり老いに抗いたいのかもしれない。
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