インフルAで寝込みながら思う山のこと
不覚にもインフルA型にかかった。
娘が通う小学校で蔓延しているらしく、学校閉鎖になっていたのだが、学校閉鎖直後に娘が発症し、無事わたしも発症した。熱は中途半端で、37度台を推移しており、時折36度台(つまり平熱近辺)にまで落ちるのだが、症状だけは一貫して重く、数日間、ほとんど何も食べることができなかった。
動くこともままならず、布団の上で寝続けることしかできなかった。
朦朧とする意識の中で「床ずれだけは避けねば」と妙なモチベーションが沸き立ち、右へ左へとゴロゴロしていたが、今思えば、たぶんそんなこと意識する必要はなかったのだろうと思う。体調が悪いと妙なことを考えるのかもしれない。
食べても飲んでも吐き気を催す状況で、食事はもちろん、水分補給もままならなかった。しかし水分はさすがにとらねばならないと、わずかな体調の変化を読んで、「いまだ」と大さじ1杯の水を口に含み、吐かないことを祈るしかなかった。本当に地獄のような数日だった。
そうやって床ずれ防止のゴロゴロと、隙を見ての大さじ1杯の水を飲む以外は、特にすることがない。図々しく読書でもしようと思うものの、頭に入ってくるわけもなく、むしろ活字が気持ち悪い。するとできることは妄想くらいだった。
秋になってから、隙あらば山に通ってきた。日程が許す限り山に寝泊まりするようにしていたので、それなりの回数を野営で過ごしていた。
「もし野営中に身体を壊したら……」
ふとそう思ったとき、朦朧とする意識の中で、わりと本気で絶望した。
車まで戻れるときはまだいい。しかし、場所によっては厳しい尾根越えが必要になる。並の風邪くらいならともかく、ここまで朦朧とするレベルで身体を壊せば、まず間違いなく車に戻れない。
いや、厳しいルートであろうとも、ルートが確立されているときはまだいい。一歩一歩進んでいけば、車に戻れるというのなら、戻る価値がある。しかし狩猟目的での野営だと、登山路などない。下手すればひたすら藪漕ぎをして、越えなくてはならない尾根もある。ひたすら藪漕ぎした結果「ダメだ、戻ってルートファインディングのやり直しだ」ということもある。
ふらつく頭であれをやれる気はしないのだ。まともな状況判断もできず、下手すれば尾根の中腹で夜を明かすことになり、そうなれば絶望的だ。寝やすい平地や、飲み水の確保もままならない……。

そこである程度の改善が見えるまで休む、という判断もあり得る。
床ずれを心配するほどの体調不良で、飲み水をつくるための焚火を熾さなくてはならない。何日も晴れていたときの、好条件の焚火ならまだいい。前日雨だったり、全体的に湿っている環境下での焚火となると、やはり手間暇がかかる。
乾いた木を探し、焚き付けになるものを多めに用意し、丁寧に火を育てる。

また、せっかくつけたら消したくないので、維持したい。寝込んでいるうちに火が消えて、また付け直すなんて辛すぎる。のこぎりで薪を適度な長さに切り分けるだなんて、悠長なことをしている余裕はないだろう。
火が付いたら、沢で水を汲み、沸かし、水筒に移す。これが飲み水になり、湯たんぽにもなる。
あとは寝袋に包まって、体調が治るのを待つしかない。
暖かい家の、暖かい布団の中で、床ずれ防止に転がりながら「それなりに野営生活も慣れたな〜」いうわずかな自信のようなものが崩れ落ちるのを感じた。そして家っていいな、と思うのだった。
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