山を休ませる価値

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昨年、ヒグマを追跡し尻を見たものの、そのまま逃げられてしまったエリアを下見してきました。

鉄砲を持って行けるわけではないので、あくまでその山域の入口ぐらいの手前だけを歩いたに過ぎませんが、「過去にいた」っていうだけで、緊張感が高まりますね。

1つを探すと、ほかが見えなくなるよね

たとえばヒグマを探すために歩いていて、帰りの車の中で「そういえば、キノコを見かけなかったな」なんて思うことが多いです。

人間、探しているもの以外は目に入らないんですよね。山菜を探しに行けば、その探している山菜だけはしっかり目に入りますが、途端にシカの足跡に目が行かなくなります。

今日は「ヒグマの足跡も探すし、キノコも探そう」と意気込んで、ポケット図鑑をポケットに入れてきました。で、ジーッと木についたキノコを探していたんですが、ふと気が付くと「ちゃんとヒグマの足跡見てなかった気がする……」と気が付きます。

ベテランの歩いている姿を見ると、本当によく見ているんですよね。山菜も見ながら、キノコも見ながら、動物も探しながら、鳥の姿や鳴き声も聞いている。アンテナが高いというか、感度がいい。真似したくて、自分の感度を高める意識はしているものの、やっぱりあちらを立てればこちらが立たず、という感じで、まんべんなく見るなんてできないです。

くそー。

ようやく見つけたのはこのキノコ。イグチ科だと思うけど、それ以上わからず。コガネヤマドリっぽいかな〜、くらいの感覚です。コガネヤマドリは食用不適ということで、さようなら。仮に可食だとしても、あまりにも手応えなく、食べられません。

でも、存在感のある良いキノコだな〜、と嬉しい気持ちに。

茶を飲む

動物を探すという目的においては、行動することと同じくらい、休むことも重要だと思っています。

足を止めて3分も動かずに黙っていれば、山がもつ、本来あるべき音を取り戻します。さっきまで鳴いていなかった鳥が鳴き、さっきまで聞こえなかった小動物の動く音が聞こえてきます。

やっぱりいくら静かに歩いていても、ニンゲンという大型獣が山を歩いていれば、それなりの緊張感を山に与えているのです。

わたしがアルコールストーブを好むのはコレが理由。アルストはほぼ無音で水を温めてくれます。この日も、湯を沸かしインスタントのカフェラテ?を作って飲んでいました。すると——

ガサリ……

ちょうど後方の藪から音が聞こえます。

ガサガサ……

少し時間をあけて、また音。

目を凝らして、音の主を探しますが、まったく姿が見えません。しかし藪が揺れている場所は確認できたので、こちらも温めたばかりのお茶を置いて、カメラを肩に掛け、ソッと近寄ってみます。小さな谷の向こう側なので、距離こそかなり近いですが、クマだとしても、最低限の安全圏は保っていると思っています(もちろんクマスプレーあり)。

音の場所が微妙に2ヶ所に分かれているようで、クマだとしたら親子です。でも「なんとなくシカ感あるよな〜」という印象があり、それを確認すべく観察していた感じです。

そして姿を見せたのはコレ。

子ジカ。画面を4等分したときの左下のエリアにいます。

ちゃんとシカであることを確認できたので満足して、追い払いました。

楽しい山歩きでした。

なんか存在感のあるキノコを見つけ、シカに割と近くまで寄れて、大満足のプチ山歩きでした。

こういうのが幸せなんだよ。


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武重謙@やまくじ

ひとり山でヒグマを追うハンター。 狩猟系作家。宿泊施設経営。狩猟ブログ『山のクジラを獲りたくて』。雑誌『狩猟生活』『ガンズ&シューティング』などに寄稿。 著書『山のクジラを獲りたくて』(山と渓谷社) http://amzn.to/2NYn9Sv

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