秋田の旅土産話2:現役マタギにお会いして知ったこと

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秋田旅行の土産話その1「現役マタギにお会いした」お話です。

ありがたい縁で(こちら参照)、ひとりでふらりと秋田に行ったにもかかわらず、現役のマタギを紹介していただき、お話をする機会を頂けました。

興味本位だけでお会いしたわけではないのですが、細かいお話やお会いした理由は私事ですので、伏せておきます。

伺った話から、わたしなりに気になったお話をピックアップして、ご紹介します。

鈴木英雄マタギ

マタギがいつも持ち歩くナガサ(マタギ資料館より)。フクロナガサが有名ですが、こういう木の柄ナガサもあります。ちなみに、鈴木辰五郎さんのナガサも残っていて、見せていただきましたが、使い込まれて、ずいぶん細くなってました。

今回お会いしたのは鈴木英雄さんです。鈴木英雄さんについてはこちらのニュース記事でよくまとめられています。

ツキノワグマは神からの授かりもの 狩猟の民「マタギ」

また、ニュース記事の最後に10分程度の動画があります。そちらだけでも良い内容ですので、ぜひご覧ください。

祖父が雪男を捜しにネパールへ

鈴木英雄さんの祖父は鈴木辰五郎さん。マタギ関連の書籍を読んでいれば、名前を見たことがある人も多いと思います。「空気投げの辰」という異名を持つ有名なマタギの1人です。

「誰かが撃ったクマが隠れてて、そいつがお爺ちゃん(鈴木辰五郎マタギ)に襲いかかったもんで、まわりのマタギは『辰逃げろー、辰逃げろー』って言ったんだけど、お爺ちゃんはむしろ仁王立ちして近くの草を掴んだんですよ。シカリ(マタギのリーダー)をやっていたくらいで、クマのことをよく知ってたんですよ。クマは襲いかかってくるときに必ず立ち上がって、被さってくるって。だからクマは牙よりも爪が怖いんだって言ってましたよ。

んで、クマが立ち上がって襲いかかってきたときに、お爺ちゃんは芝をグッと引いて、クマを避けたんです。クマは勢い余って宙返りして、沢に落ちてって、そいつをお爺ちゃんが仕留めたもんだから、周りの人は指ひとつ触れずにクマを投げたように見えたんでしょう。それからいろんな本で “空気投げの辰” って異名ももらって紹介してもらってるんです

「まるで投げたように見えたから空気投げの辰と呼ばれている」という部分は聞いたことがありましたが、草を引いて避けた、というあたりのことはまったく知りませんでした(もしかしたら書籍で書いてあったのかもしれませんが、読み落としていたのかもしれません)。

たしかにクマが覆い被さってきたときに勢いよくしゃがんでも、重力以上に早く避けることはできません。近くにあるものを全力で引くことで避けられたんですね。日頃クマに襲われたらどうするか? と考えていなければできない対応だったと思います。

リアルな情景が浮かぶお話でした。

クマは山の薬だった

比立内の端。畑仕事をしていたお婆さんが声をかけてくれました。「クマ? よく出るよ。おっかねーよ」って笑っていたのが印象的でした。

もうひとつおもしろかったのは「マタギは山の薬剤師のような役割を持っていた」というお話です。

クマを獲ればもちろん肉を食べるし、売れる部位は売って大事な現金収入にしていたのは事実です。しかし忘れてはいけないのは、クマの薬としての利用だったと言います。

今でもこの阿仁地区は町からは遠く、町に降りるには車を使っても時間がかかります。昔、まだ車もなかった時代、町まで行くのはそれこそ1日2日かかったことでしょう。ましてや雪の時期は大変です。そもそも村を出られない時期もあったことでしょう。

「そんな時代だから、体調が悪いからといって病院にも行けやしない。そんなときクマの血や骨を使った薬に救われた人がずいぶんいたと思うんですよ。マタギが獲ったクマは今で言う漢方のようなもんだったんでしょう」

鈴木英雄さんはそう言って、持ってきていた袋からタッパーを出しました。中からクマの肝(クマノイと呼ばれる肝を乾燥させた薬。強壮剤的なもの)とクマの血を粉末状にしたものが出てきました。

「舐めてみな」

とまずは血の粉末。小指の先につけて舐めてみると、思いのほか味がしません。次にクマノイを削ってくれて、それを舐めてみます。こちらは強烈な苦さ。

「にげぇだろ?」

と笑っています。

「ほら、これな。クマの血とクマノイを混ぜてカプセルにしたんだ。んで、山でバテた人に飲ますんだよ。そうすりゃ元気出るんだ」

鈴木さんは今でもクマの血やクマノイを活用しているとのことでした。昔ならばクマノイは金と同じ価値で取引されていましたが、さすがに今はそうはいきません。それでもいつも切らさないように作っていることにわたしは驚くと共に、嬉しくなってしまいました。

マタギにはなりたくてなったんじゃない

比立内の隅にある山神様。山に入る前にここで手を合わせると言います。

「よくな、『どうしてマタギになったんですか?』なんて訊かれるんだけど、なりたくてマタギになったんじゃないんだ。この土地で生きていく上でマタギになるのが当たり前だからなったんだ。ほら、季節になったら田植えをしたり、雪が溶けたら山菜とったりするだろ? それと一緒で、雪が降りゃマタギに出る。ここじゃ当たり前のことだったんですよ」

わたしはこの鈴木英雄さんの言葉が忘れられません。それほどこの地域で役割として定着していたと言えますね。

そしてこの言葉と共に、忘れられないのは、鈴木英雄さんを紹介してくれた @oriyamake さんの言葉。

「『マタギはもういない』とか『○○が最後のマタギ』なんて本で書かれていたりするけど、そんなことないんですよ。今だってマタギはいるんです」

たしかにみんなが思い描く、カモシカの皮を羽織って槍を持って山に入るマタギはいません。しかし服装が洋服になり、オレンジの猟友会ベストを着ているからと言って、マタギがいなくなったわけではないのです。

山や自然を重んじて、それと向き合うマタギは今でもいて、その方々からわたしたちが学べることはずいぶんあるように思うんです。

比立内にある山神様に手を合わせながら、そんなことをしみじみと考えてしまいました。

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